便りがないのは良い知らせ。便りがあれば、なお嬉し?

便りがないのは良い知らせ。便りがあれば、なお嬉し?

いつも、年賀状のやり取りだけで、ここ10年というもの、何の音沙汰がなかった海外に住む友だちから、今年の年賀状に「電話したいので電話番号を教えて」というメモが書かれていました。
人間というものはおかしなもので、“便りがないのは良い知らせ“と、確信している我が家では、急にこんな連絡があると、ふと不安になってしまいます。「どうしたのだろう」「何かあったのかしら」「日本に帰ってくるのかな」と、友のことを家族みんなで案じていました。
一応、電話番号をくれというのでメールしておいたら、その10年来という友からその後すぐ、電話がかかってきました。まずは、「お元気ですか」「どうしてる?」「お変わりないですか」という通常のご挨拶。そして「何かあった?」
結局、友だちは本当に久しぶりの「お元気ですか」コールでした。「何か言ってた?」「な〜んだ、何もなくてよかった」電話を切った後に、「みんな、元気だって言ってたよ」「よかった、よかった」
ところが、その次の日、またその友からメールがきて「久しぶりに声がきけてよかった。」これはOK。ところがその後の文章に、「また、電話しますね」。
再び不安になる我が家。「スカイプと言う手もあるよ」と前回の電話の際に提案していたのですが、「いや、電話でいいよ」と言った友。「何か、言いたそうな素振りしてた?」「実は何かあったのかね?」海外の友が電話をくれるのだから、素直に喜べばいいのに、「大丈夫か」とつい考えてしまう私たち。何だか、せちがらい世の中になったというか、日本人の業というか、自分ながらに「困ったものである」と苦笑する始末。遠方から声を聞かせてくれるのだから、良い友を持ったと素直に喜ぶことにしよう。しなくては。するよう努力しよう…と思います。